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2011年06月14日

苦海浄土

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ビジネス書やハウツーでも(絵本でも)ない、自分が読んだ本をブログ等で書くのは何か自分の下着姿を晒すようで第一本を語る力も無いのだからどうしたものかと思ったのだが、ここはそんな事を言っている場合では無いだろうと。

世界文学全集にて三部作を一気に読めるということで購入。
積ん読くこと数ヶ月、そして震災。そのあとに手に取り1ヶ月近くをかけて読み進んだ。いろんな意味で性急に読む本では無かったし。
第一部だけの書籍も出ているがそれではもう僕らのような世代には精確に響いてこないと思う。誤解するだけかもしれない。
それこそ、「およそはげしく疑ることのない、こよなき正気の輪(辺見庸)」から眺めているだけだと気付くことすら無いのだろう。
とにかく未読なら読んだ方がいい。こんな時だから、ではなくとも。

勝手な所感。
幸いだったのは妻が熊本出身であり文章の中の方言を読みながらにして少しは耳で聴くように感じる事が出来たこと。「うれしさ、うれしさ。」と描かれた時の、感情を込めて言いっ放すあのイントネーション。切なさが伝わった。
読了後なんとも言い表しにくいプラス方向の感情が沸き上がったのだが、独り山から下山中、はたと思い至った。これは紀行文学のような面も持ち合わせているからではないか。むしろそれだから池澤夏樹が選んだひとつのきっかけになったのでは、というのは穿ち過ぎか?
時間や場所、人物のエピソードを自由に往き来して語られる水俣病史の物語はどこかチャトウィン等を思い起こさせたし、何より三部に一貫して現れるあの水俣弁の一単語が象徴的だった。ただ、「流浪 るろう」だけでは無いいろんな意味を包むその言葉は物語の終局著者自身が取り憑かれていることを告白する、無垢で優しく憧れさえ抱かせる言葉だ。特に旅好きにとって。
水俣病という非常に深遠なテーマで、このような見事な文学に仕上げた著者の天才はどんな人間にも等しく感動を引き起こす事と思う。

posted by HappyBivouac at 17:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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